透析生活

透析35年を迎えて

脇山 政弘  1977年10月透析導入

私が透析導入したのは昭和52年で、その頃はもう構成医療の適用があり、自己負担は大分軽減された状態で透析を導入しましたので、費用の面では助かった面がありました。先人の方の努力のおかげだと思っております。20代で導入したのですが、まだ透析の環境があまりよくなかったせいか、同僚の方など同じ年代の多くの仲間を失いました。その中で今まで35年間これたというのは腎友会の活動と透析に関わる先生方、スタッフの方、議員さんの方の活動のおかげだと思います。仕事も准看護婦で透析スタッフとして33年間続けてきたんですが、体調の関係で2年ほど前に退職しました。合併症もありながらここまで35年間これたというのは全国の役員の方の努力、医療の発展のおかげで透析が進歩してきたからだと思います。これからも透析医療は進んでいくと思いますが、介護問題やいろいろな問題も出てくると思いますので、これからが大事な時期だと思います。

私たちを支えてくれた先生、スタッフと触媒いたころの上司、同僚、家族の理解や協力があってこその35年だったと思います。そのことを感謝しつつ35年を迎えたことをうれしく思います。これからも透析と前向きに付き合い、自立した生活を送っていきたいと思います。

腎友会とともに

嘉村 悦子  1988年2月透析導入

透析施設に通院するようになって間もなく「患者会があるから入りませんか」と勧誘がありました。内容は理解せぬまま入るべきものだと思い入会しました。患者同士は皆仲良く、毎朝更衣室では体重増加の事やら食べ物の話で賑わいました。ぜんじんきょう、佐腎協の情報誌を読むうちに私たち患者はしっかりと後ろで支えられているということが少しずつわかってきました。一年程経ったころ、時の幹事さんから「幹事さんになって下さい。」と頼まれました。この役はいつかはやらなければならないだろうと考えてはいました。これから病気を持ちながら、年も取っていくばかりで、社会にもお世話になるばかり、それならできることは若いうちに受けた方が良いのではと考え了解しました。当時まだ会員数も少なかったので透析後に院長室に集まり先生のお話を聞いたり、患者が自分の思っていることや生活で努力している事等を発表し合ったりしていました。今は若い方が役を引き受けてくれ、クリスマスのプレゼントやお楽しみ会を催してくれたりしています。この会が良い親睦の場になり、つらい透析生活を少しでも緩和してくれる存在であり続けるよう願っています。この会の輪はこれからもっと広がりゆくことでしょう。